
8月16日(土)
半年振りの大阪『ワンドロップ』公演。この日が来るのをずっと心待ちにしていた。
ブッキングしてくれたササキセイコ曰く『今日のメンツは最悪の変態ぞろいや』とのこと。
一体全体どういうコトなんだ?
俺は徳永英明直系のバラードシンガーなんだ。愛を歌わせたら右に出る者のいないミスター・レイニーブルーなんだ。俺のラブソングを聴くだけで女は処女膜がビリビリに破れるんだ。
そんな正当派にコテコテのキチ〇イをぶつけてくるとは一体ナニゴトだよ?
俺は激怒した。そういう事なら仕方がナイ、不本意ながらこっちもMAXオゲレツに変身してキチ〇イどもを返り討ちにしてくれるゾ。
オープニングは我が同級生、ササキセイコことクライユキヲのアコーディオン独唱である。
小粋なシャンソンやジプシー音楽をモチーフに素敵な曲を演奏している。
しかしながら歌う内容はどれもアホの極限で、耳を塞ぎたくなるような下ネタのオンパレードだった。
声には終止気味の悪いビブラートを効かせて完全に渋谷のり子がノリ移っている。絶対に子供には見せられない絵ヅラだし、倫理上聴かせてもイケナイ。
ササキセイコことクライユキヲはのっけから地獄のパフォーマンスで会場の爆笑を奪い取った。アッパレなり!
大和川中学の卒業生でこんな愚かなコトをしているのはおそらく俺達2人だけだ。
来年の卒業式には来賓として出席し、是非ライブもさせてもらおう。PTAのババアどもは発狂するだろうが、ゴチャゴチャ言うのならババアどものパイオツを揉みしだいてやろう。それでOKだろ?
続いてアカサカ君の登場である。
俺は彼の音楽を例える言葉を持たない。もし俺がアカサカ君の親だったら、床に突っ伏して泣きわめくだろう。人間の想像を遥かに超えたパフォーマンスはホンモノの生き地獄か、もしくは神の領域だ。マジでものすごいモノを見てしまった。
激しいストロークのギターが小気味よく爽やかなロックを予感させる。
しかしその数秒後に悪夢のようなボーカルが聴く者全員の鼓膜を破裂させてしまう。
ものすごいデカイ声量でお経のような、大人のオモチャの振動のような声で、ファンシーなぬいぐるみや鉄道マニアについて歌いまくるのだ。俺はブっ飛んで失神した。コイツはとんでもないキチ〇イだッ!
だがそれなのに奇をてらった所がまったくなく、ピュアにさえ感じるのはナゼだろう?
アカサカ君はただひたすらカワイイぬいぐるみや鉄道模型が大好きなのである。素直にその気持ちを歌に託しているだけなのだ。一途な気持ちが俺の心を打つ。ただし、その音楽は信じられないほどオゾマシイ。
とにかくみんなも一度彼のパフォーマンスを見るべきだ。本物のオリジナリティーだよ。俺は心底感動したぜ。
更に続いて今度はタマコちゃんの登場だ。
俺が初めてワンドロップに出演した際、共演してくれたのがタマコちゃんである。
のどかで牧歌的な歌を歌うタマコちゃんだが、じっくり聴いていると胸がジーンと締め付けられる。徹底的に明るいのに、涙ホロリとこぼれそうになるのはナゼだろう?
すべてのモノは表裏一体で、訪れたものはいつの日か去って行く。手にしたモノも必ず消えて行く。すべては想い出に変わるだけ。そんな無常感が彼女の歌からは伝わってくる。そしてそれは音楽を聴く上で最も大切なコトなのだと俺は思う。
この人もまた唯一無二の個性の持ち主である。ひとりでも多くの人々が聴くべきだ。
そしてタマコちゃんのステージに桜川春子ちゃんが加わり、狂気のユニット『ニコちゃん保育園』が始まった(写真)。
とにかく桜川春子恐るべき天才なり!彼女は存在自体が手術不可能の不治の病だ。『アホ』という悲しい病気だ!
『ニコちゃん保育園』の熱血お色気先生、『春子先生』と『タマコ先生』が低能な園児(要するに我々客)をビシビシ指導していく、という設定でライブは進む。これだけでも充分地獄だろ?
平均年齢40歳を遥かに超えた客席の園児達に幼児言葉で童謡を無理矢理歌わせる拷問のような展開に、歌に合わせてクイズを出し、正解すれば駄菓子を与えるという我々を動物扱いするような卑劣な曲もあった。段々テンポが上がって行くので春子先生は場内を全力疾走で駆けづり回り、園児に駄菓子を投げつける。まるで八つ墓村みたいになっていた。
『どうしてそこまでやるんだ?』
俺は彼女達を見ながら、いつも自分に問い続けているクエスチョンを再び思い返した。
『仕事でもないのに、プロでもないのに、なんでそこまで汗だくになって、必死にやる必要がある?いったいなんのために俺は戦っているんだ?』
時々そんなことを考えてしまう。クタビレ果ててしまう。答えはどこにあるんだ?
そして、その答えは『ニコちゃん保育園』の園内にあった。
「先生のカバンの中のビスケットは何枚かニャ〜?当ててごらん〜!」
絶叫しながら血走った目で菓子を投げつける春子先生。あまりに汗をかきすぎて化粧がはがれ落ち、中国兵馬傭のような顔になっている。
「もうタマコ先生怒っちゃうぞ〜、プンプン!」
さとう珠緒風なゼスチャーのすぐあとに生ビールをグビグビ飲み干すタマコ先生。
「授業中、センセが酒飲んでエエんか!こんな教師おってたまるかえ!」
客席から怒濤のヤジが飛んでくる。
「キーッ!タマコ先生もうホントに怒ったぞお〜。プンプンッ!!」
そして大ジョッキをイッキ飲み。会場からは割れんばかりの大拍手、大爆笑である。
俺は感動してむせび泣いた。
死んでも威張ったりエラそうにしない人達が今ココにいる。
こんなコトしたら人からバカって思われるかな?などとセコイ虚栄心をまったく持たない人種がココにいる。
仕事でも何でもナイが、舞台に立てば、一生懸命全力を尽くすヤツらだ。
何がなんでも人を楽しませてみせる!というコトが病気のように染みついている患者ばかりだ。
言うまでもなく俺と寸分たがわぬ同じ人種なのだ。
ロックンロールを始める理由はあったけれど、辞める理由は見つからない。なぜなら人を笑わせることは『生存する』ことと同義であるのだから。
クライの許しがたいビブラートやアカサカ君の亡霊のような歌。タマコちゃんのプンプン大ジョッキや春ちゃんのマシンガントークに駄菓子投げはそれらを如実に証明している。舞台でバカなコトをしなくなった彼らを想像するなんて俺には出来ナイ。
我々はセコすぎるドン百姓だが、舞台に立つ以上自らの生存をかけて全力を尽くす。
『ワハハ、ナニ言ってんの?オーゲサだなぁ!』
そんな風に思うかい?だったらテメエも腹くくって舞台に上がってこいよ。いつでも勝負してやるぜ。
意味もなく長くやってきたせいで、お客さんに喜んでもらうコトのムツカシサが頭ではなく、体に染みついてしまった。
どれほど頑張ってライブをした所で今だ20、30点の世界なんだ。なんとか及第点くらい取るまでは長生きしなきゃナラナイ。
ロックンロールはたかが50年や60年で仕上がるものではナイ。そいつを証明してみせよう。今回のワタシの人生を実験台にして。
と言う訳で自分のライブのコト何も書けなかったよ!
もちろん全力を尽くしたぜ。脱水、酸欠にヒジョーに苦しんだ。ビシッと決めてやったよ。誰よりも醜くね!