2014年02月26日

大阪滞在記? 朽木を見ていた。

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2月16日(日)

帰省。ホントは朝イチの電車で帰りたかったが、ソファに座って放心等に忙しく、なかなか巣から出られなかった。ウカウカしている間に夕方の新幹線になってしまった。

新幹線の中では翌日のライブの告知を執筆&アップした。書き終えたらすぐに眠ってしまった。疲れきっていた。

「帰省って言っても、どうせすぐに東京に戻るんだろう?」

悲しいかな俺にとって「世界」とは心の内でウジウジ自問自答するだけの、セコくて狭い自己の世界でしかない。
外の世界や友達に対する愛も、すべて胸の内の自問自答で完結している。現実生活でわき起こる誤解はあらかじめ読み込み済みである。何が起きても動じない。

「ワタシはとっても愛していますよ。でもそんなコト、アンタらは知らなくても良い話ですよ」

人はやって来て、人は去ってゆく。ただそれだけの話だ。

「やはり出来ることならふるさとがイイんだがなぁ…。ドストエフスキーだったかチェーホフだったか、確か言ってたよな。「人間は家族や親戚の近くで、ひと塊りになって暮らすべき」だって」

そんなコト言ってたっけ?俺は記憶力が悪い。だから何でも都合の良いように改ざんして記憶ボックスにしまい込む。悪いコトばかりではなかったが、それでも逐一覚えてたら恥ずかしくて死んでしまう。

「もしビビアンズやってなかったら今頃東京にはいないだろうね」

もうひとりの自分が意地悪く問いかけてくる。少しイラっとする。しかしまぎれもなくそれが正解だ。
バンドは何よりも大切なものだ。一度でもそれをやったことがある者のならば、誰だって理解できるはずだ。

「とにかく、もうすぐ甥っ子どもに会える訳だ。彼らへの愛情は本物だよ。それはテメエにだって判っているだろう?」

ウジウジとした自問自答は続く。
だがもう少し歩けば我が家である。
今さら「我が家」だなんて臆面もなく言って良いものだろうか?ためらわれる。しかし家族はそんなコト気にしちゃいないだろう。早く帰りたい。もっと早足で歩けよ、バカ野郎。早く我が家に帰りてーんだヨ!

生家の近くで立ち止まり、一本の朽木を見上げた。
枝は切り落とされ、生気はなく、剥製になった死体のように立っている。そんな朽木を俺は言葉もなく見つめていた。

40年前、枝いっぱいに青々とした葉を繁らせていたこの木によじ登って俺は遊んでいた。夏になるとセミ採りをしていた。面白いくらいたくさんのセミが採れる木だった。
それが今では、なんだが得体の知れない前衛オブジェみたいになってしまった。

俺は長い時間、その朽木を見つめていた。
posted by ツリー at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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